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2012年11月の14件の記事

2012年11月30日 (金)

ルネサスエレクトロニクスの電気マンガがすごい

日本の電気業界が危ない! そんなユウウツなニュースが毎日かけめぐってます。

しかし何を隠そう、この私も電気系エンジニアです (笑。いや、笑ってる場合か?

いつ何があっても生きていけるように、力をつけておかないといけないなと強く思う今日この頃です。


ご存じのように、シャープ、パナソニック、ソニーといった一世を風靡(ふうび)した電機メーカーがことごとく大赤字に陥っています。

「産業の米」とよばれる半導体の分野でも、エルピーダメモリが会社更生法を申請した挙げ句にアメリカのマイクロン社に買収されました。

そして、三菱電機、日立製作所、NECの半導体部門を統合して誕生したルネサスエレクトロニクスも危険な状態です。

そもそもルネサスというのはRenaissance Semiconductor for Advanced Solutions、つまりルネッサンス=再生という言葉からつけられた社名なのだそうです。

各社の不採算な半導体事業を統合することで業績を立て直し、日本の半導体産業を守るという、熱い意気込みのもとに誕生した会社なわけです。

ルネサスは自動車用半導体・マイコンの分野では、強い存在感を維持しています。東日本大震災のときに、ルネサスの工場が止まったせいで、国内外の自動車メーカーの生産が遅延したのは、記憶に新しいところです。

しかしそのルネサスも、再生の道半ばにして業績が低迷。今年に入ってついに大規模なリストラを敢行しました。それでも間に合わず、産業革新機構などから1000億円以上の支援を受けて経営立て直しを目指しています。


まあ、電気業界の行く末の話はこのへんにしましょう(それでいいんか?)


さて、最近は多くの大手メーカーが、ホームページ上で技術情報を公開しています。

技術者や理系の学生向けの本格的な情報も多いですが、中には一般の人や子どもに向けて、概要をやさしく解説してくれるコンテンツも少なくありません。

それで、先ほど書いたルネサスエレクトロニクスが提供している一般向けコンテンツが、こちらです。


うーちゃんと電子家の人びと 



これは、電子ゆきこちゃん(ゆっきー)の家に突然あらわれた、電気うなぎのうーちゃんが、電気や半導体についてやさしく解説してくれるマンガなのです。

しかしこの手のマンガって往々にして、教育的な要素が前面に出過ぎてつまらなかったり、「これ、マンガにしなくてもいいんじゃない?」みたいな感じになりがちじゃないでしょうか^^

しかしこのうーちゃんのマンガは違います。絵柄からギャグの盛り込み方まで、本格的にマンガっぽい雰囲気をもたせてあります。要するに、かなりふざけちゃってます(笑)

技術的な内容もあえて絞って、重たくならないように工夫している様子が見られます。はっきり言って力作です!

おヒマな方で、電気の勉強してみよっかなー、という方はぜひどうぞ!


しかし、こんなに気合の入ったマンガを作るパワーがあるんだったら、それをもう少し本業に・・・(それは言わないお約束^^)

 


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2012年11月28日 (水)

【Book】ジェームズ・バリー『ピーター・パン』

短い本を読みたいと思って「ジーキル博士とハイド氏」を読んだという話を、先日書きました。

今回も、ちょっと疲れ気味なので薄い本を読もう、ただし有名な作品がいいな、ということで、こんな本を読んでみました。

(以下、ネタバレを含みます)



『ピーター・パン』
著者:ジェームズ・バリー
訳者:本多顕彰
新潮文庫

そう、誰もが知ってるあの「ピーター・パン」の原作です。

私は、ネバーランドにでかけていって、フック船長が出てきて、ピーターパンがそれをやっつける!という冒険物語を期待して読みました。

でも実はこの物語には、ネバーランドもフック船長もまったく出てこなかったのです

読み終わってから調べてみてわかったんですが、ピーターパンの小説には『ケンジントン公園のピーター・パン』、そして『ピーター・パンとウェンディ』という2種類があるようなのです。

この新潮文庫のピーター・パンは『ケンジントン・・・』のほうの翻訳で、ネバーランドやフック船長が出てくるのは『・・・ウェンディ』のほうなのだそうです。いやあ、まんまと騙されちゃったなあ(笑)


でも、このピーターパンの物語にも、これはこれで独特の面白さがありました。

この小説によると、ピーター・パンは半分人間で、半分はそうでない存在です。

ピーターは普通の人間の子どもと同じように、お母さんから生まれました。しかし生後7日目に、ピーターは空を飛んで窓から外の世界と飛び出してしまいます。

そしてケンジントン公園(ロンドンにある実在の公園です)に住む妖精たちのもとへ行きます。彼は妖精ではないので、はじめは妖精たちから警戒されますが、やがて打ち解け、妖精たちの人気者になります。

しかしピーターはずっと、お母さんのところへ帰りたいと思っています。そしてある夜、静止する妖精たちを振り切って、ついにお母さんの待つ家へ帰ったのです。

なつかしい母親がベッドで寝ているのを見て、ピーターにはいとしい気持ちがこみあげます。しかしピーターには、公園の妖精たちのところでやり残したことがありました。それを終えてから必ず帰ります、そう誓って、ピーターはそのまま窓から家を出て公園へと戻ります。

しかし、その後ふたたびピーターが家へ戻ってきてみると・・・窓は固く閉じられていたのです・・・。

結局ピーターは、二度とお母さんと会うことができなくなりました。

母の元で愛されながら大人になることを放棄する代わりに、ピーターは生後7日の子どもの自由と無邪気さを永遠に持ちづづけながら、世界を飛び回り続けることになったのです。

このイメージが、続編の『ピーターパンとウェンディ』に(おそらく)描かれるネバーランドのピーター・パンにつながっていくのだと思います。


この物語では、子どもの目から見た自然の不思議さなどが、実にみずみずしく、ユーモアたっぷりに(時にイギリスらしいブラックジョークを交えて)描かれています。

でもその中に、なんともいえず切ないような感覚がにじみ出てきます。特に、人間でも妖精でもないピーターが、母親の元に帰れずに世界をさまようことになるくだりは、切ないですね。

子どものころの感性をちょっぴり思い出させてくれる、そんな作品でした。



いきなり話が変わるようですが

最近うちの奥さんが、太郎の歩き方がガニ股なのを、ちょっぴり気にしていました。

そんな中、小説の中でこんな表現を見つけました。

物語の冒頭、ケンジントン公園の中で、乳母車から下ろされて歩いている小さい子どもたちが描写されるんですが、それが 「ワニ脚の子たちが歩いている」 と表現されているんです。

ほう、ワニ脚!

こりゃまさに太郎のことじゃないか!

そうか、これってごく普通のことだから、気にする必要はないんだな!

そう、ピーター・パンは、私たちの 「ガニ股に対する不安」 を払拭してくれたのでした。

ありがとう、ピーター・パン!^^


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2012年11月26日 (月)

鈴木宗男氏の長女が父に送ったメッセージ

いま、ニュース番組を見ると、どこも衆院総選挙の話題でもちきりですね。

新しい政党ができ、またそれがくっついたり離れたり、非常にわかりにくい状況になっています。

今回はどこに投票したらいいか、いままでで一番悩みそうです。

そうは言っても、投票に行くからにはできるだけ自分なりに納得して投票したいと思うので、政治のニュースに今までより注意を払って見ています。

そんな中、個人的にちょっと気になるニュースが飛び込んできました。

宗男氏の長女・貴子氏、衆院選出馬を表明

これです。

私は新党大地の支持者というわけではないんですが、なぜこれが気になったのかと言うと、こういう理由です。

数か月前、出張帰りの新幹線のひまつぶしのため、月刊誌「宝島」の7月号をたまたま(というか初めて)買いました。

そこに、テリー伊藤氏と鈴木宗男氏の対談が載っていたんです。

何号かにわたって連載された対談の最終回だったんですが、そのインタビューがめっぽう面白かったんですね。

皆さんの記憶にもあるかもしれませんが、鈴木宗男氏は、北海道の企業からのあっせん収賄の罪で2002年に逮捕・起訴されました。

この逮捕に関しては妥当でなかった(微罪ではめられた)とする見方も強く、宗男氏も一貫して無罪を主張してきましたが、結局実刑判決が確定、宗男氏は約1年間を刑務所で過ごしました。その後、2011年12月に仮釈放となって今に至ります。

このインタビューでは、獄中で家族や支援者から多くの手紙をもらい、はげまされたという話が、具体的な手紙の文面を交えながら語られていました。

そこで紹介されていた、娘さんが獄中の宗男氏に送った手紙というのが、すばらしい内容でした。

たとえばこんな感じです。


  「(奥さんや支持者が宗男氏の復帰を心待ちにしていることに触れて)
   幸せ者だね、ほんとに。だからこそ出てきたときに成長してなかったら
   がっかり。いや、裏切られた感じも百倍だから、くれぐれも
心して
   おくように・・・」

  「記者会見では絶対に泣かないで。(中略)間違っても誤解を与えるような
  発言はしないように。『申し訳ない』とか『反省している』という言葉は使い方
  によってはテレビで変に編集されてしまいます。」

  「単語と単語の間を空けるのではなく、ゆっくり話すように、わかりましたか。」

  「われわれが何を思っていても伝えたくても本人、つまり鈴木宗男の口から
  しか発信できないのです。」

  「世の中を、人を、これからも信じられるよう、お父さんお今後の発信方法が
  大事です。頼みますよ。まあ、戻ってから数日は優しくしてあげましょう。
  それからはお父さん次第です」

  ( )内をのぞき、週刊宝島2012年7月号、124-127ページから引用



いかがですか? 私は思わず感動してしまいました^^。教えられるところが多々ありました。

たとえば娘さんがあげている、一般大衆に対するプレゼンテーションの心得や注意点。本質をとてもよくとらえた、見事な指摘だと思います。

そしてなにより、ユーモアと毒が絶妙にブレンドされた、叱咤激励するくだりには、感心するほかありません。

こういう言葉は、本当に父親を理解し、思いやり、信頼しているからこそ書けることではないでしょうか。

宗男氏は、筆まめで人との付き合いを大事にする「人たらし」として有名だそうですが(弊害もあるのかもわかりませんけど)、娘さんもそれに負けていないですね。

テリー伊藤氏はインタビューの中で「お嬢さんってさあ、宗男さんの家族の中で、いちばん政治家に向いてるよね」と言っていますが、私も記事を読んでそう思いました。


そんな中、今日入ってきた貴子氏出馬のニュース。記事をあらためて読み直してみて、「やっぱりな。この人は政治化の素質があるかもなぁ」と思ったのでした。

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2012年11月25日 (日)

アンパンマンのおもちゃ

待ちに待った3連休が終わりました。

連休中のどこかの日に、実家のおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に、太郎をはじめて動物園に連れて行く予定でした。

しかし・・・

家族全員、風邪でダウンしました(+o+)


1週間以上前から太郎の鼻水がひどく、夜中に鼻がつまって何度か目を覚ます日が続いていたんですが、とうとうそれが私と奥さんにもうつってしまったようです。

「子どもの風邪って、どうせ大した感染力はないだろうな」と思いこんでいましたが、ところがどっこい、結構ふつうにうつるものなんですね。

太郎が夜中に起きるので、私も奥さんも寝不足続きで疲れがたまっていたため、余計に風邪をひきやすかったのかもしれないです。

そんなわけで、3日間、うちの中にほぼこもりっぱなしでした。


さてさて、太郎が生まれて間もない頃に誕生祝いとして頂いたアンパンマンのおもちゃを、連休中に出してみました。

対象年齢が1歳半からなので、まだ早いかなと思ってこれまでお蔵入りにしていたんです。

http://www.agatsuma.co.jp/goods/detail.php?id=249

五角形の台のあちこちに、いろんな仕掛けがついていて、音を鳴らしたり、キャラクターが動いたり、ブロックを穴にはめこんだりして遊べるおもちゃです。

太郎は意外と熱心に遊んでました。

丸とか四角の穴に同じ形のブロックを入れる仕掛けも、苦労しながらもなんとか自力でできるみたいで、太郎もだいぶ器用になってきたなあと感心して見ていました。

ただ、カギをまわすとドアが開くしかけがあるんですが、これはいま一つうまくいかないみたいで、太郎はイライラしてました(笑) 手をひねる動きって、なかなか難しいみたいです。


アンパンマンのおもちゃについて書いていて、ふと思い出した話があります

(以下、友人から聞いた話なので100%正確ではないかもしれません)

おもちゃの会社がアンパンマンのおもちゃの新製品を出すときは、当然ながら目標の売上の達成を目指します。

しかしそれだけでなく、同時に一定以上売れ過ぎないように注意するんだそうです。

なぜかと言うと、一過性のブームに終わらせず、長い期間着実に愛され続けるキャクラターでいてほしいから。

普通は「商品は売れるうちに売っとけ」という発想をしてしまいそうですが、あえて売り急がずに、長期視点でじっくりブランドを育てていくというやり方もあるんだなと、目からウロコでした。

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2012年11月20日 (火)

【Music】キリンジ『SUPER VIEW』・・・弟脱退なんのその! 最高のポップス職人は健在なり!

今さらの話題ではありますが・・・

もう1か月くらい前でしょうか。私が愛してやまない兄弟二人組の音楽ユニット、キリンジから、弟が脱退するという衝撃のニュースがネットをかけ巡りました。

私が仕事から帰ってボーッとネットを見ていると、なんとYahooのトップページのニュースに「キリンジから弟が脱退」の文字が!

キリンジがYahooのトップニュースに出てくることなんて皆無でした(少なくとも私は見たことがない)

初めてYahooニュースに出たと思ったら脱退の知らせだったとは! ひどすぎます(苦笑)


キリンジは堀込高樹と泰行の兄弟2人組ですが、どちらも作詞作曲をしています。作っている曲の割合は、ちょうど半々くらいの感じです。

兄と弟の曲は、初めて聴いた人にはわかりにくいかもしれませんが、けっこう作る曲のテイストが違っているんですね。

兄はかなり作り混んだ美しくも複雑な楽曲を作り、弟はわりと素直なメロディーが魅力の曲を得意としています。

私はどちらかと言えば兄の曲のほうが好きなんですが、それだけだとちょっと濃過ぎてお腹がもたれる感じがします。

そんな兄の曲の間にふっと弟くんの曲が入ると、これがまた清涼剤みたいな感じで気持ちいいんです。

だから私の中では、キリンジは2人揃ってこそキリンジ。兄弟どうしで10年も一緒にやってこれたんだから、このままずっと2人で続けていってくれるだろう、と思っていたんですが・・・。


キリンジのホームページに寄せられた弟のメッセージによると、脱退の理由を2つあげています。  元記事はこちら


(引用はじめ)

キリンジでいる時の自分は、いつもある悩みを抱えていました。ひとつは、僕がリードボーカルを担当する以外は、全て役割が同じだということ。作詞作曲、アレンジ、担当する楽器に至るまで同じなのです。そのために、音楽を作る上でのある種のややこしさと難しさを、結成の当初から抱えていました。そしてもうひとつは、兄弟であるがゆえに、お互いを一人のミュージシャンとして尊重した上でのコミュニケーションをとることが困難であったということ。もちろん、不器用ながらお互いをケアすることもありました。しかし、これらの二つがこの度の決断の大きな理由です。

(引用おわり)



うーん、正直、わかるようなわからないような理由です(特に1点目)。

どちらかというと兄主導で結成され、動いてきたグループという面が確かにあるので、弟がやりたいことが十分に果たせない不満があったのかもしれません。

まあ、当事者でなければわからない思いというものが、いろいろあることでしょう。

どちらの作る曲も大好きな私としては、今後別々に活動する2人の音楽を、これからも楽しみにするだけです。

ちなみに、キリンジは今後は兄・高樹のソロプロジェクトとして、継続していくそうです。

新しいバンドのようなものを組むのか、ゲストを迎えながらプロデュースするようなプロジェクト的な動きにしていくのか、まったくわかりませんが、要注目です。

さて、弟脱退の衝撃がさめやらぬ中、11月7日にリリースされた9枚目のアルバムを、最近聴きこんでいます:


キリンジ『SUPER VIEW』

2012年11月7日リリース
(画像クリックでAmazon.co.jpのページへ飛びます)

脱退のあれこれがある中、いったいどんな曲を出してきたのか。

2人の迷いやすれ違いが反映された、ギクシャクした居心地の悪い音楽になっていないだろうか・・・

そんな不安を持ちながら聴いたアルバムですが、はっきり言ってまったくのとりこし苦労でした。

はっきりいってこのアルバム、最高です!

最近のアルバムの中では一番の出来じゃないでしょうか。

とにかく1曲目から、キラキラした音の輝きがこれでもかと押し寄せてくる、キリンジ節のポップスの洪水です!

4曲目までの爽快な曲の連続で、ポップス狂の私のテンションはもう上がりっぱなしです。

初期のキリンジのわくわくするようなメロディー・ハーモニーが、久々に帰ってきた感じを受けました。

前作のアルバムで実現させた広がりや深みを持つ音像に、やさしさや人なつっこさがプラスされたような、心地よさに包まれたアルバム。

1曲目「早春」、4曲目「涙にあきたら」、8曲目「バターのように」なんかは、いままでの彼らにあまりなかったんじゃないかと言うくらい、歌詞が優しくて素直な印象です。

こんなものを聞かされてしまうと、「こんなにいいアルバムが作れるなら、もっと2人で一緒にやってくれよ!」と、思わず余計なことを言いたくなってしまいます。


キリンジは聴いたことないけどポップな曲は好きだという人、または「最近のキリンジはなんかイマイチで・・・」という元ファン、そういった人には、ぜひおすすめしたい一枚です。

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2012年11月19日 (月)

保育園で、いろいろおぼえ太郎

先日、ふと思い立って、太郎の名前を

  「××太郎くーーん」

と呼んでみました。

まだ「手」とか「頭」とかの単語を言うとそこを指すくらいのことしかできないので、きっと特に反応が無いだろうなあと思っていたんですが、太郎は大声で

  「あーーーー!」

と言って片手をあげたじゃないですか!

これを見ておバカな両親(笑)は


「すごいね~、太郎!!!」



と大興奮してしまいました。

それにしても、いつの間にこんな芸当を覚えたんでしょう?

翌日、奥さんが保育園の先生に聞いてみると、やっぱり保育園で教わっていたのだそうです。

お昼寝のあと、おやつの前にみんなの名前を呼んで、お返事をさせているそうです。なるほど。

保育園に通っていると、親が教えていないことをいつの間にか覚えて来ていたりするので、驚くことがあります。


このあいだの休日には、太郎がおもちゃを持って遊んでいるとき、どうようのCDをかけて聞かせました。

1枚のCDに「ぞうさん」とか「おつかいありさん」などの定番が30曲くらい入ってるんですが、太郎は特に曲に反応を示さず、ひたすらおもちゃをいじって遊んでいました。

しかし、「むすんでひらいて」がかかった瞬間、太郎はいきなりおもちゃから手を離して、手を叩き出したんです!

これを見ておバカな両親は


「すごいね~、太郎!」



とまたもや大興奮!(おいおい)

しかも、太郎はなにやら音楽にあわせて身体を左右に振っています。

これも今までは見られなかったことです。いつの間にか、音楽にのるという事ができるようになったんだなあ。

まだ先生に確認していないのですが、この歌もきっと保育園で習ったんだと思います。

保育園は「教育機関」ではないので、子どもが遊ぶのをただ見守ってるだけかな、という印象がありましたが、ぽつぽつといろんな事を教えてくれているみたいです。ありがたいことです。

曲を覚えて反応するという、新たな成長を見せてくれた太郎。

でも、「むすんで」ができず、ひたすら手を叩き続けているあたり、「まだまだ青いな」って感じです(笑)

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2012年11月18日 (日)

ダイヤモンド社主催セミナーへ参加

ビジネス誌で有名なダイヤモンド社が主催する、大学生と若手ビジネスパーソン向けのセミナーが都内であったので参加してきました。

こういうセミナーのたぐいには、まったく参加したことが無かったんですが、最近仕事に少し閉そく感を感じていることもあり、刺激を受けたいと思って申し込んでみました。

ちなみに参加無料というのも、受けた理由の1つです(笑) 太っ腹ですね、ダイヤモンド社。

セミナーのタイトルは、「グローバル人財計画~その手に、世界で通用する武器を~」。

グローバルという言葉は「耳タコワード」ではありますが、個人的にもとても気になるテーマです。

セミナーは3部構成。参考までに、こんなメニューでした。


第1部 オープニング・トークセッション

「グローバル社会を生きるということは、どういうことか?」
  ・内田和成 氏(早稲田大学ビジネススクール教授・元ボストンコンサルティング日本法人トップ)
  ・永山治 氏(中外製薬CEO)

第2部 パネルディスカッション
「なぜ、いま日本に”グローバル人材”が必要なのか?」
  ・高橋進 氏(日本総合研究所 理事長)
  ・瀧本哲史 氏(京都大学客員准教授)
  ・永山治 氏(中外製薬CEO)
  ・西山圭太 氏(経済産業省 経済産業政策局 審議官)

第3部 ワークショップ
「世界で通用する日本の”強み”は何か?」



今日は夜遅くなってしまったので、後日なるべくこの記事を書き直したいなと思いますが、とり急ぎ思いつくままメモを書きます。

今回おもしろいなと思ったのは、グローバル化と言われて一般に想像されそうな「異文化コミュニケーション」とか「語学力」の大切さという話が、それほど強調されなかったことです。

もちろんこれらは世界を相手に仕事をする上で必須のツールではあるんですが、むしろセミナーの力点は

  「ITの発達や新興国の発展によって、市場の海外シフト、
   そして商品・サービスのコモディティ化(陳腐化)が猛スピードで起こっている。
   その中で、我々個人個人、または日本は何を差別化にすべきか?」

というところにあったように思います。

そして、「その他大勢」に埋もれない人材として活躍していくためには何が必要かについて、パネラーの方からこんな意見が出ていました。

  ・仮説を立てて検証する姿勢
  ・リベラルアーツ(主に歴史や思想などの一般教養)
  ・好奇心と横のネットワーク
  ・コンセプト力

などがあがっていました。

ちょっと面白いなと思ったのは、リベラルアーツの重要性です。いままでそういう事を考えたことがなかったので。

この発言をした瀧本氏によれば、海外(特にヨーロッパ)では歴史や文化の話題をどのレベルで話せるかという点で、その人のレベルを判断されてしまうことがある、とのことでした。

言われてみれば、私も仕事がら海外の技術者が日本に来たときに対応することがしばしばあるんですが、あるときふいにこんな質問を受けました。

  「なんで日本はサコクをしていたのか?」

  「なぜその時代は日本では戦争がなかったのか」 

・・・恥ずかしながらまともに答えられなかったのを思い出しました(笑。いや、笑ってちゃいけないか)

既に打ちとけた間柄の技術者との雑談だったので、それでナメられたとかいう事はなかったんですが、おれって意外と日本のことを何も知らないんだなあと、恥ずかしく感じたのを覚えています。

そんなに高尚な話をできるようになる必要はないでしょうけど、自分の国のことについて自分の言葉で話せるということは、知的なグローバル人材の重要な要件なのかもしれません。


最初に書いたとおり、私はこういうセミナーって初めて参加しましたが、実際に生で人の話を聴くということは、単に本を読むのと比べて受ける刺激のレベルが全然違いますね。

要点だけ見れば、けっこうあたり前の意見ばかり出ていたりするんですが(笑。だから後から記事にする段階でどう書いたもんかと困ってます)、その場の緊張感、話し手の態度や声の調子、細かなエピソード、そういったものがあいまって、いろいろ気づくところの多いひとときでした。

ライブが一番というのは、音楽も講演・セミナーも同じですね。

無料でこんな機会を頂けたことに感謝です。週刊ダイヤモンドを年間購読でもしないと申し訳ない感じです^^


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2012年11月17日 (土)

車掌さん、こんにちは!

前にも書きましたが、太郎は電車が大好きです。

駅に行くと、ホームに列車が入ってくるたびに、それを指さして

  「おおーー! どぅっどぅーー!」

などとよくわからない声を出して興奮します。


ところで、電車に関して最近わかったことがあります。

それは、

  電車の車掌さんは、赤ちゃんを見ると、かなりの確率で手を振ってくれる

ということです(笑)


ある日、太郎と一緒に駅のホームで、駅から発車して動き出す電車を見ていました。

進行方向と逆を向いていたので、電車はこっちへ向かって走ってきて、私たちの横を通り過ぎていきます。

次第に速度を上げる電車。そして電車の最後尾が通り過ぎるとき

車掌さんが手を振りながら通り過ぎていきました!


最後尾の車両が通り過ぎるときには、既にかなりのスピードが出ていたんですよ?

それでもちゃんと子どもを見つけて手を振るとは、なんという余裕、なんというサービス精神でしょう!(笑)

また別のある日のこと。

今度は駅のホームの端っこで、電車の最後尾よりさらに少し後ろから、駅から出発しようとする電車を眺めていました。

若そうな車掌さんは、安全運転のため一生懸命に仕事に専念しています。

進行方向を見て、乗り込む乗客がいないかどうか注意深く確認。

そしてドアを閉め、そのまま普通に出発するのかと思ったら

車掌さんがわざわざクルッと振り向いて、手を振ってくれました!


それまでまったく、後ろにいるこちらに気を配るそぶりも見せなかったんですよ?

でも、駅に入ってきたとき、「赤ちゃんが見てるなあ」と思っていたんでしょうか。わざわざ振り向いてまで、手を振ってくれるとは、驚きました。



こういうささやかな交流って、子どもがいるからこそ、ですね。

車掌さんに手を振ってもらうたび、私までなんとも微笑ましい気持ちになります。

なるほど、今わかりました!


車掌という言葉に「掌」という字が入っているのは、

手を振ってくれるからなんですね!(誤)


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2012年11月15日 (木)

もしかして、疑われた?

帰りの電車でのひと幕です。

ちょうど帰宅ラッシュの時間の車内は満員で、私はつり革もつかめず、通路の真ん中に立ってました。

すると、私の右ななめ前で吊革をつかんで立っている女性が、なにやら落ち着かなそうに、斜め後ろのほうの私を気にするようなそぶりを見せ始めました。

顔を軽く横に向けて、目のはじで私の様子を確認してすぐ正面に向き直るようなことを、一度や二度でなく、たびたび繰り返すんです。

私は、最初のうちは「ん、横目でこっち見たな」と思う程度でしたが、あんまり何度もそうするものだから、だんだん居心地が悪くなってきました

そんな中、電車がある駅に停車したとき、私の斜め後ろに立っていた人が降りていき、その吊革が空きました。

するとその女性はどうしたか。

すかさずササッと移動して、「あれ、降りるのかな?」と思うと、私の斜め後ろのつり革をつかんだんです。

一瞬、「はぁ?」と思いましたが、やがて気付きました。


「もしかして、おれ、痴漢じゃないかと警戒された??」


彼女の目の前の座席に座っている人も、両隣の吊革の人もごく普通の人で、何もあやしい行動はしているように見えませんでした。

とすると、やはり私を避けて場所を移動したのではないでしょうか。

確かに、私は多少気持ち悪い人に見えたかもしれません ^^;

最近うちの太郎の夜泣きがひどくて前日は1時間しか寝ていなかったし、仕事が忙しくてカバンも重く、ぐったりした雰囲気を漂わせていたと思うので。

でも、私は普段からこういう点には人一倍気を使ってるつもりです。

その女性の後ろの通路はあいていたけど、そこに立たれたらイヤだろうなと思って、私はあえてそこを避けたんです。

しかも、かばんは女性から遠いほうにずらして持つなど、長い満員電車生活で自然に身についた習慣で、気を配っていました。

それでも疑われたかと思うと、疲れていたこともあって、なんともやり切れない気持ちになってしまいました。

と同時に、「この善良な男を疑うなんて、なんて人だ!」という気持ちになっちゃいました。

でも、女性にイライラを向けるのは、お門違いというものでしょうね。

痴漢犯罪をする人が元凶なわけですから。

私は男なので、電車がどんなに混んでいても痴漢を心配をしたことがないですが、女性にとって満員電車の不快さは男性の比ではないでしょう。

それに、その女性は最近、電車でイヤな目にあったばかりなのかもしれませんしね。

そんなふうに想像を巡らせると、女性の行動はもっともだよなと思えます。


今日は疲れているせいで、なにやら自意識過剰になっているのかもしれません。とっとと寝ることにします~

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2012年11月12日 (月)

先入観を問うクイズ・2題

少し前に、「うちらは陽気なアメリカ人」という記事

http://nerino.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-9941.html

の中で、固定観念や先入観が、差別の大きな原因になっているという話を書きました。

突然ですが、私が先日参加した講習会で聞いた中で、面白いなあと思った問題を2つ紹介します。

皆さんもちょっと考えてみてください。



<問題1>

ある腕利きの外科医が、大学病院に勤めていました。

ある日、たいへんな手術を無事成功させたその医者が控室に戻ると、看護師から緊急の連絡が入りました。

「先生、交通事故で大けがをした人が運ばれてきました。緊急のオペをお願いします。

 事故にあったのは2人で、父親と息子さんのようです。

 息子さんはまだ息がありますが、父親は即死だそうです・・・」

「わかった、すぐ行く!」

その医者は疲れた身体にムチを打ちながら、急いで処置室に向かいました。

するとそこには、まだかろうじて息があるという男の子が横たえられていました。

しかしその子の顔を見たとき、医者は愕然としました。

なぜなら、その子は医者の息子だったからです!!

しかし、父親は確かに即死したとのこと。

一体どういうことでしょうか?



<問題2>

ある高層ビルのオフィスの一階にエレベーターが止まっています。

朝の出社時間で、エレベーターはほぼ満員です。

そして、扉がしまる直前に、もう1人、男の人が乗ってきました。

すると、「ビーーー!」と重量オーバーのブザーが鳴り響きました。

こういうときは、最後に乗った人が降りるのがマナーですが、その男性はブザーが鳴り続けているにも関わらず、まったく知らん顔。

まわりの人たちは、「朝で急いでるのに、なんて自分勝手な人だ!」とイライラ爆発寸前です。

しかし、この男性は自分勝手な人ではまったくないのです。

一体どういうことでしょうか?










せっかくここまで読んでくださったんだから、答えを見る前にちゃんと考えてくださいね(笑)












では、答えです。


問題1ですが、これは「腕利きの医者」は女性だったというのが、一応の正解です。

医者が、急患は誰だと思って行ってみたら、かつぎこまれていたのが自分の息子だったので仰天したのです。

亡くなったのは、彼女の夫です。なので何も矛盾はありません。

この問題におけるポイントは、「医者」、特に「腕効きの」と言われると、かなりの人が「この人は男だ」と思いこんでしまうという点にあります。

私はこの問題のことを既にパズル問題としてどこかで聞いたことがありました。でも、もしその場で初めてこの問題を聞いたとしたら、やはり「医者=男性」と思い込んだかもしれません。

先入観っていうのは根深いものだなと気付かせてくれる問題ですね。

ちなみに奥さんにこの問題を出したところ、

「実は死んだ父親というのは、奥さんの不倫相手で、重傷の息子の実の父親はそいつだった」

という、完全に昼ドラ的な方向に考えが行ってしまったようです(笑)

そういう人、かなりいるんじゃないでしょうか。まあ、それも不正解とは言い切れないですけどね(笑)


続いて問題2ですが、これは男性の耳が不自由だった、ということです。

私もこれには思い至りませんでした。

日常生活でこうしたことすべてに気付くのは、難しいかもしれませんが、少なくとも「今はいろいろなバックグラウンドの人がいる」ということは常に頭の片隅に置いておきたいものです。

なにか自分の考えに合わない行動を見ただけで、すぐさまキレたりすることは、絶対にやめたいものです。

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2012年11月11日 (日)

絶好の行楽日和の中、保育園の運動会

昨日の土曜日は、最高の行楽日和でしたね。

うちの太郎の保育園では、ちょっと遅めの運動会があったので、家族+奥さんの両親(太郎のじいじとばあば)と一緒に見に行ってきました。

最近はすっかり秋も深まって寒い日が続いていたので、「11月の運動会なんて、大丈夫かなあ」と心配していましたが、この日の天気は雲ひとつない快晴。気温もあたたかく、絶好の運動会日和でほっとしました。


うちの太郎はまだ1歳3カ月なんですが、運動会ではいっちょ前に参加する競技があるんです。

開会式と準備体操、それから0歳児クラスの子が親と一緒に出る競技です。

開会式は奥さんが、親子競技には私が、太郎と一緒に参加しました。


太郎の初めての運動会での雄姿を見ようと、奥さんの両親(太郎のじいじとばあば)もかけつけてくれました。

じいじとばあばからビデオカメラも借りて、太郎の晴れ舞台をばっちりカメラに収めようと、私も奥さんも大はりきり。

しかし!

こういう日に限って、朝から太郎の機嫌が悪かった・・・。

その不機嫌ぶりといったら、ここ数カ月で最悪というくらいです。

朝、食事をするにも、お出かけの準備をするにも「うーー!」「ぎゃーー!」と大騒ぎです。

抱っこすると泣きやむけど、地面に下ろそうとすると、足がつく前から「うあーー!」と泣きまくります。

太郎はここ数日、ちょっと風邪気味で鼻水が出たりつまったりしてたんです。

そのせいで前日の夜にも何度か起きてしまったり、朝も早く目覚めてしまったりしたので、どうやら眠くて仕方なかったみたいです。


会場になった近所の小学校へ着くころには少しおとなしくなりましたが、開会式では今にも泣き出しそうな顔で母親にガッシリ!

奥さんは手足をとって準備体操をさせようとしますが、太郎は奥さんの脚にしがみついて体操どころではありません。

私と参加した0歳児競技は、紙で作った花だんに行って、お花を抜いて、親に高い高いしてもらって、ゴール、というものです。このときは、入場したときから大泣きです。

スタートラインで地面に立たせようとしたら、身体をのけぞらせて泣かれてしまいました(苦笑)

そんなわけで、ビデオカメラには太郎らしい泣き顔がたっぷり記録されたのでありました^^;



それにしても、こんなに小さい子の運動会を見学するのは初めてです。

ちびっ子たちが一生懸命踊ったり、綱を引いたり、かけっこしたりする姿を見ていると何ともほほえましい気分で、知らない子たちにも声援を送ってしまいました。

綱引きやリレーで勝ったときなんか、まさに一点の曇りもないような純粋な喜び方(^^)をするんですよ。かわいかったです。


太郎も、来年の運動会にはご機嫌に参加できますように。

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2012年11月 8日 (木)

【Book】『ジーキル博士とハイド氏』 by スティーヴンソン

最近、仕事がとにかく忙しいので、「厚い本を読むのは疲れるなあ、薄い本をさらっと読み切りたいなあ」と思っていました。

そんなわけで、仕事帰りにこんな本を買ってみました。

(以下、ネタバレを含みます)


『ジーキル博士とハイド氏』
著者: スティーヴンソン
訳者: 田中西次郎
出版: 新潮文庫




この本、すごいです。

何がすごいって、まず価格がすごい!(笑)

なんと税別 286 円です!

税別とは言え、いまどき300円を切る本が売られているなんてスゴいです。

そしてもう1つすごいのが、文庫本の裏にちょろっと載っている、本の内容のさわりを紹介する文です:


   医学、法学の博士号を持つ高潔な紳士ジーキルの家に、

   いつのころからかハイドと名乗る醜悪な容貌の小男が

   出入りするようになった。

   ハイドは殺人事件まで引き起こす邪悪な性格の持主だったが、

   実は彼は薬によって姿を変えたジーキル博士その人だった・・・。


さわりっていうか、

完全にネタバレですやん!

確かに「ジキルとハイド」といったら、本を読んだことがなくてもたいていの人は、二重人格の話だということくらいは聞いたことがあるでしょう。

それでも、「核心の部分までさらりとここに書いちゃうかぁ?」って思いました。スゴいです。


それはさておき、私もジキルとハイドは同一人物の異なる人格だ、ということは知っていましたが、なぜ二つの人格を持つことになってしまったのか、知りませんでした。

生まれながらに、複数の人格を持っている人物なのかな、くらいに思っていました。

しかし実は、さっきの内容紹介にもあったように、善良なジーキル博士が自分の意思で、ハイドになる薬を飲んでいたのですね。


では、一体なぜそんな薬を飲んだんでしょうか?

それはこういう理由でした。

ジーキル氏は若い頃から、「世の中で威厳を保って善良にありたい」という思いと、「快楽におぼれ、好き勝手に振る舞いたい」という欲望とをあわせ持ち、それにたいへん苦しんでいました。

そしてなんとかこの二つの相反する衝動を分離して楽になりたいと考えた。

そんな中、博士はある薬の存在を知りました。

その薬を飲めば、道徳や良識といったものの縛りを完全におさえ、快楽や暴力への衝動だけに身を任せられるようになるのです。

博士はついにその薬に手を出し、ハイドとなって、つかの間の自由と快楽に身をまかせた、というわけです。

つまりジーキル博士は、一般的に言われるような多重人格障害(いまは解離性同一性障害と言うそうですが)ではないんですね。


この本が書かれた19世紀後半は、宗教改革やフランス革命、産業革命を経験したヨーロッパ社会が、猛烈なスピードで近代化をおし進めた時代です。

人々がそれまでにない自由を獲得すると同時に、それを持て余すようになり始めた時代と言えると思います。

この小説が突き付けている「秩序と欲望(自由)をどうバランスさせるか」というテーマは、まさにこの時代の空気から生まれ出た、切実な問いかけであったのだと思います。

そしてこのテーマは、いまの時代の自分たちにとってこそ、重要な問題になっているなあ、と思いました。

なんかやけに綺麗にまとめた風になりましたが(笑)、以上、私の感想です。予想以上に興味深く読みました。


ちなみに、最初のころは薬を飲むことでハイドとジーキルの間を自由に行き来できた博士ですが、途中からハイドの人格にむしばまれていきます。

夜、ハイドからジーキルに戻って寝たはずなのに、朝起きると勝手にハイドになっていたりという現象が現れてきます。

そして博士は次第に正気を失い、ついには自ら命を絶ってしまう・・・という結末です。

この物語に充満する、19世紀ロンドンの暗く不穏な空気感は、好きな人にはたまらないものがあるんじゃないでしょうか。

結末がわかっていても、読んでみると面白いかもしれませんよ。

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2012年11月 6日 (火)

クラシックソムリエ検定の結果発表

9月30日に受験した第1回クラシックソムリエ検定試験の結果が発表されました!

9/30のの記事はこちら

今回の試験の評価は、合格・不合格を判定する形式ではなく、1000点満点でスコアが出されるかたちです。

さて、気になるスコアは・・・


121106_01


910点でした!

これはかなりの高得点な感じがしますよね?

TOEICなんかだと上位2~3%、「ノン・ネイティブとして十分な英語力」のレベルです。

でも実はこの試験、平均点が816点と、相当高かったようです。

クラシック音楽好きしか受けなそうなだし、その割に問題がやさしかったので、高得点圏の人が多いのも当然かな、と思います。

クラシックファン歴が浅い自分としては、平均点より上で上出来とも思いますが、上位2割に入らないくらいのどっちつかずな位置なのはちょっぴり残念。

どうせなら話のネタとして、ずばぬけていい点か悪い点を取りたかったんですけどね(笑)


次回の試験は2013年の夏ということで、だいぶ先のようです。今回のエントリークラス以外に、おそらく上位のクラスも設定されるんだと思います。

そうだったら、また受けてみようかなあ。

・・・それより、もっと仕事に直接役に立ちそうな資格試験を受けるべきかもしれないですけどね~(笑)

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2012年11月 4日 (日)

保育園生活・・・太郎も成長したなあ

一週間ぶりの更新です。

思えば、こんなに間をあけてしまったのは初めてです。

もうしばらくは仕事が大変な時期なので、更新間隔が開いちゃうかもしれませんが、気長にお付き合いください


さてさて、今日は軽く、太郎の保育園での近況を書きたいと思います。


最近、太郎はとにかくよく食べます。

一時期、あまり食べたがらない時期があって苦労しましたが、それがウソのような食べっぷり。

夜、お風呂で裸になった太郎を見ると、おなかがはんぱじゃなく出っ張っていることがわかります。

最近おなかが気になる私もビックリのメタボ体型です、ほんと(笑)

保育園でも、「1歳を過ぎると、だんだん好き嫌いが出てくるものなんですけど、太郎ちゃんはそれがないんで助かります~」と言われてます。

太郎はお昼ごはんも1,2を争う早さで食べ終わってしまうそうです。

ある日、自分のごはんを食べ終わった太郎は、隣の子のお皿にまだデザートが残っているのを、「食べちゃおうかな~、でも怒られるかな~」という表情でじーっと見ていたのだとか。

結局、横取りはせず、隣の子がデザートを食べるのを見ながら、口をもぐもぐさせていたのだそうです(物欲しそうなことするなや^^;)

私も奥さんも、小さい頃は食が細くて、「もっと食べなさい」と怒られるくらいだったんです。ほんとに太郎はうちらの子なんだろうかと疑問に思う今日この頃です(笑)


うちの太郎はちょっぴり泣き虫で、保育園に行ってから数ヶ月間は、朝保育園に行って先生に渡されるたびに泣いてました。

他の0歳児クラスの子は比較的すぐ慣れたみたいなんですが、太郎だけはなかなかおとなしく先生のもとに預けられてくれませんでした。

そんな太郎も、いつの間にかすっかり保育園に慣れて、泣くことがまったく無くなりました。

朝、奥さんが太郎を保育園に送っていくと、「とってっとってっ」と歩いて保育室に入っていくそうです。

そして、奥さんが「太郎、ばいばーい!」と言ってもまったく無視、おもちゃの所に突進していくそうです^^

10月の終わりにハロウィンのパーティーがあった日は、保育室の壁や天井に、カボチャやキャンディーの飾りがあるのを見るなり 「どぅー!」「どぅー!」と興奮!
そのまま、奥さんを振り返ることすらせず、「どぅーどぅー」いいながら保育室に入っていったそうです。

太郎が成長してくれたのは嬉しい反面、まったく振り返りもしなくなってしまった太郎に、ちょっぴりさびしい思いを抱いてしまう奥さんなのでした。

ちなみに最近太郎は何か気になるものがあると、次々に指さしては「どぅー!」と言います。保育士さんの間でも「太郎ちゃんの『どぅー』」として有名なのだそうです(笑)

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